花の業界紙「ホットニュース355号」が2016年2月27日配信されました。「ホットニュース」は花に携わる皆様に、花に関わる様々な情報を、花の卸業を営む「株式会社フローレ21」が発信している情報誌です。

「大震災から5年」。防災教育の一環として、桜の植樹を行われた保育園・学校などの教育現場の先生方の想いを中心に、当会共同代表小池のコラムが掲載されました。全文をご紹介いたします。

「大震災から5年」

東日本大震災から5年、さくら並木ネットワークも5度目の春の植樹が始まろうとしている。2012年3月11日、震災から1年たった日に宮城県気仙沼市の前浜に亡くなられた7人の鎮魂と未来への復興を願い7本の桜が植えられた。その後、大きな被害を出した東北3県、岩手、宮城、福島に桜が植えられた。さくら並木ネットネットワークを支援する数えきれない人々の善意が、4000本の桜になった。

亡くなられた19000人近くの命。何度も何度も三陸を襲った大きな津波、そのたびに津波は多くの命を奪い去ってきた。津波を防ぐ高く長い防潮堤もたくさん作ってきた。しかし、命を守ることができなかった。さくら並木ネットワークは、津波には高台非難が第一と考えている。100年後150年後再び三陸にやってくる津波。まず非難、できるだけ高いところまで逃げる、その目安はさくら並木まで。そして3.11 の大津波を、世代を超え伝え続ける、この二つの思いがさくら並木ネットワークを立ち上げた動機と言ってもいい。

岩手県船越小学校では担当の教員がいち早く生徒を誘導、裏山の高台へと全員を非難させ、一人の犠牲者を出すことなく乗り切りました。新築された小学校の校門脇に一本の桜が植えられた。その桜の前の石碑には「この桜より上へ逃げよ」と刻まれている。毎年4月に咲く桜、毎日の登校時に子供たちが目にするこの言葉。船越小学校の佐々木元校長は
「この桜は物言わぬ、語り部である」
と言われた。

岩手県宮古市の第一中学校では正門前に植えた桜の木の前に建てた石碑に刻む言葉を、全校生から募集、採用された言葉は
「防波堤 あっても逃げろ高台へ 津波がきたら てんでんこ」
この植樹会や除幕式はテレビや新聞でも大きく取り上げられました。高台へ逃げる大切さ、語り継ぐ大切さを教育の中でも取り入れると菅井校長は言われた。

福島県相馬市のみなと保育園では3.11の大津波経験、100名の園児全員を保育園の屋根の上に避難させすべての命を守り切りました。0歳児1歳児は職員が背負い脚立を登り避難。2歳児以上の子供たちは自力で屋根へ、1m下まで水が迫ってきましたが助かりました。ここの桜も「津波備忘樹」という大きなプレートを園が付け、子どもたちに津波を伝え続けると和田園長は言われた。

私たちはこの世に命を授かり、様々な経験を積み重ね、やがて老いてゆきます。そして誰でもがいつか命が果て死を迎える。

誰もが自分が生きたあかし、次の世代へ贈る、残せるもの。そして未来に伝えるもの。
私たちが生まれたときに誰からかもらった命というバトン。

受け取った私たちは、もらった時より、少しでいいからきれいにして次へわたす責任があるように思う。

さくら並木ネットワークを様々な形で支援して頂いている方々は、きっとこのような思いを私たちと共有していただいているのだろう。

これからもさくら並木ネットワークは東北の地へ桜を植え続けていきますが、これからは植えた4000本の桜を守り育てる仕事が重要になります。それは皆様の善意を未来に残し伝え続けるということに他ならないからであります。

私たちは「さくら基金」として植樹の代金は皆様から頂いていますが、将来のメンテナンス費の捻出に苦労しています。さくら並木ネットワークの活動が来年も続けられるよう、そして多くの方の思いを未来へ残し、伝えるための基金のご協力をお願いいたします。

さくら並木ネットワーク関連書籍

book2当会共同代表の1人小池潔の著「花は人をしあわせにできる 2」は、当会代表小池が代表取締役社長をつとめる、株式会社フローレ21発行のこの「ホットニュース」の101号~200号のコラムをまとめたです。
あわせてご覧下さい。

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